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世界のエリートはみなヤギを飼っていた【第4回】「リュウ、目覚める」〈田中真知×中田考コラボ小説〉

「世界のエリートはみなヤギを飼っていた」田中真知×中田考によるウイズコロナ小説【第4回】


作家の田中真知と、イスラーム法学者・中田考によるウイズコロナ小説『世界のエリートはみなヤギを飼っていた』

カーナビと言い争って高速道路を逆走したリュウ。痴漢電車に乗りながらも日々健気に看護師として働く同級生のレイ。中学以来会ったことのない二人。レイが勤める病院に緊急搬送されてきた意識不明の重傷患者の名前は、「八木劉弾」だった。中学時代の記憶があわただしくよみがえり、なにか不穏な予感が胸にざわざわ広がるのをレイは感じていたところに・・・

大好評の【第4回】は「リュウ、目覚める」。


世界のエリートはみなヤギを飼っていた

第4回 リュウ、目覚める

 

 ぼんやりと浮上してきた意識の中で、リュウはゆっくりと目を開けた。

 ひび割れて、しみの広がった白い天井が見える。

 ここはどこだ?

 つぶやいた自分の声がくぐもって聞こえた。口と鼻が透明なマスクのようなもので覆われている。

 なんなんだ。なにがあった?

 全身が締め付けられるように痛い。首も動かない。腕も足も動かない。痛みだけが熱線のように体中をかけめぐっている。

 だれかがオレの顔をのぞき込んでいるのに気づいた。知らない女だ。

 「気づいたのね。ヤギさん、わかりますか!」

 女の発音が気に入らない。その「ヤギ」という呼び方はメェメェ鳴く、あの山羊というときの発音だ。小学校のとき、そんなふうにわざとイントネーションを変えてからかうやつがいた。オレはそいつを突き飛ばしてやった。だが、そんなことより、なにがどうなってんだ!

 リュウは酸素マスクの中でもごもごいった。

 「はっ、よく聞こえないんですけど。わたしは救急科ナースの鳥飼スズメです。ヤギリュウゼンさんですね?」

 ナース? ていうことはここは病院か? それでこんなに痛いのか。病院に来るなんて中学校以来だな。あのときは高校生にからまれて、気がついたら病院のベッドにいたんだ。あれ? ということはオレはまた殴られたのか? またあいつらか? ちくしょう? 絶対にゆるすものか! 暴力には裁判だ。裁判を起こしてやる。そうだ、思い出した。オレは法学部だった。授業には出てないけど、やつらを倒すためなら出てやろうじゃないか。待ってろよ!

 「ヤギさん、返事するのがむずかしければ、目をパチパチでもいいですよ。できますか」

 目をパチパチ? なにとぼけたこといってんだ、この女は。その「ヤギさん」という呼び方をやめろ。

 リュウは体を起こそうとした。そのとき首の後に金串で貫かれたような激痛が走った。

 「うぐっ……」

 「ヤギさん、まだ起き上がるのは無理ですよ」

 スズメはリュウの脈をとり、体温をチェックし、それから携帯をとりだして、どこかに電話して「鳥飼です。ヤギさん、意識戻りました。軽いせん妄があるようですが平熱で脈も平常です」といった。

 せんもう? せんもうってなんだ? リュウはまた頭を起こそうとした。激痛が走った。なんでこんなに痛いんだ?

 リュウがマスクの中でもごもごいった。

 「どうして痛いですって? そりゃ、全身打撲に左半身に複数箇所の骨折、頭部の外傷や内臓損傷もありますしね。でも、あとで先生から説明があると思いますけど、あれだけの事故でその程度ですんだのは奇跡ですよ」

 事故? 事故ってなんだ?

 リュウは思い出そうとした。そうだ。クルマを運転していた。そしたらナビのやつがいちゃもんつけてきたんだ。オレはやつを無視してスピードをあげた。そしたら前方から逆走車が突っ込んできた。そうか、そいつにぶつけられたんだ。とんだとばっちりだ。やっぱり裁判だ。治療費だ! 慰謝料だ! オヤジの車だけど修理代もとりたててやろう。なにしろオレは法学部だし1000万、いや3000万はとれるだろう。それだけあれば、なんだってできるぞ! バイトもやめてやる! あのいけ好かない店長にはうんざりしてたんだ。オレの時代だ。オレの時代がはじまるんだ! 

 「あら、笑っているのね。生きてることのありがたさを感じているのね。そうよね。でも、生きるってことは責任をとるってことでもあるのよ。がんばってね!」

 スズメは意味深な笑いを浮かべてリュウを一瞥すると、病室をあとにした。

 あの女、笑っていたな。あれはただの笑いじゃない。オレに気があるんだな。オレにはわかる。でも、気をつけないとな。事情を知っているとなると、カネ目当てかもしれない。だが、オレをまるめこもうったって、そうはいかないぜ。法学部を甘く見るなよ。いずれにしても、モテる男はつらいな。

 リュウはニヤニヤしながら妄想にふけった。定期的に激痛が走ったが、これから手にする予定の巨額の慰謝料のことを思うと、笑いがこみ上げてきた。しかし笑うと腹の筋肉が緊張して全身に痛みが走る。

 「ふっふっふ、いててて、ふっふっふ、いてー」

 深夜の救急救命室に不気味な笑い声と嗚咽が交互に響きわたった。

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◆KKベストセラーズ 「中田考×田中真知」好評既刊◆

第1章  あなたが不幸なのはバカだから

承認欲求という病
生きているとは、すでに承認されていること
信仰があると承認欲求はいらなくなる
ツイッターでの議論は無意味
教育するとバカになる
学校は洗脳機関
バカとは、自分をヘビだと勘ちがいしたミミズ
答えなんかない
あなたが不幸なのはバカだから
「テロは良くない」がなぜダメな議論なのか
みんなちがって、みんなダメ
「気づき」は救済とは関係ない
賢さの三つの条件
神がいなければ「すべきこと」など存在しない
勤勉に働けばなんとかなる?

第2章  自由という名の奴隷

トランプ現象の意味
世界が「平等化」する?
努力しないと「平等」になれない
「滅んでもかまわない」と「滅ぼしてしまえ」はちがう
自由とは「奴隷でない」ということ
西洋とイスラーム世界の奴隷制のちがい
神の奴隷、人の奴隷
サウジアラビアの元奴隷はどこへ?
人間の機械化こそが奴隷化
人間による人間への強制こそが問題

第3章  宗教は死ぬための技法

老人は迷惑
老人から権力を奪え
老人は置かれ場所で枯れなさい
社会保障はいらない
宗教は死ぬための技法
自分に価値がない地点に降りていくのが宗教
もらうより、あげるほうが楽しい
お金をあげても助けにはならない
「働かざる者、食うべからず」はイスラーム社会ではありえない
なぜ生活保護を受けない?
金がないと結婚できないは噓
結婚は制度設計
洗脳から逃れるのはむずかしい
幸せを手放せば幸せになれる

第4章  バカが幸せに生きるには

死なない灘高生
寅さんと「ONE PIECE」
あいさつすると人生が変わる?
視野の狭いリベラル
夢は叶わないとわかっているからいい
「すべきこと」をしているから生きられる
バカが幸せに生きるには
三年寝太郎のいる意味
バカと魯鈍とリベラリズム
教育とは役立つバカをつくること
例外が本質を表す
言葉の暴力なんてない
言論の自由には実体がない
バカがAIを作れば、バカなAIができる
差別と区別にちがいはない
あらゆる価値観は恣意的なもの
『キングダム』の時代が近づいている
人間に「生きる権利」などない

第5章  長いものに巻かれれば幸せになれる?

理想は「周りのマネをする」と「親分についていく」
自分より優れた人間を見つけるのが重要
身の程を知れ
長いものには巻かれろ
ほとんどの問題は、頭の中だけで解決できる
権威に逆らう人間は少数派であるべき
たい焼きを配ることで生まれる価値
大多数の人にコペルニクスは参考にならない
為政者が暗殺されるのはいい社会?
謙虚なダメと傲慢なダメはちがう
迫害されても隣の人のマネを貫き通す

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田中真知×中田考

たなかまち,なかたこう

作家,イスラーム法学者

田中真知 たなか・まち

作家、翻訳家。あひる商会代表。一九六〇年東京都生まれ。慶応義塾大学経済学部卒業。一九九〇年より一九九七年までエジプトに在住。アフリカ・中東各地を取材・旅行して回る。著書に『アフリカ旅物語』(北東部編・中南部編)、『ある夜、ピラミッドで』、『孤独な鳥はやさしくうたう』、『美しいをさがす旅にでよう』、『たまたまザイール、またコンゴ』(第一回斎藤茂太賞特別賞を受賞)旅立つには最高の日』、『増補 へんな毒 すごい毒』、訳書にグラハム・ハンコック『神の刻印』、ジョナサン・コット『転生 古代エジプトから甦った女考古学者』など。現在、立教大学講師も務めている。

 

 

 

中田考 なかた・こう

イスラーム法学者。一九六〇年生まれ。イブン・ハルドゥーン大学客員教授。八三年イスラーム入信。ムスリム名ハサン。灘中学校、灘高等学校卒。早稲田大学政治経済学部中退。東京大学文学部卒業。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。カイロ大学大学院哲学科博士課程修了(哲学博士)。クルアーン釈義免状取得、ハナフィー派法学修学免状取得、在サウジアラビア日本国大使館専門調査員、山口大学教育学部助教授、同志社大学神学部教授、日本ムスリム協会理事などを歴任。現在、都内要町のイベントバー「エデン」にて若者の人生相談や最新中東事情、さらには萌え系オタク文学などを講義し、二〇代の学生から迷える中高年層まで絶大なる支持を得ている。近著に『イスラームの論理』、『イスラーム入門』、『帝国の復興と啓蒙の未来』、『みんなちがって、みんなダメ〜身の程を知る劇薬人生論』、『タリバン 復権の真実』など。

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